(どうやら、同名のトビウオの薫製が白浜の名産品である事から造られた像らしい)
完成当初は「高すぎる」などと物議をかもし出した『東京湾アクアライン』だが、実験的に行っているETC利用者限定割引によって、割高感は薄れた。(ETC利用で片道¥2500程度)
アクアラインだけなら前後あわせても30km程度であり、川崎付近からならアクアライン経由で1時間も走れば、もう南房総である。首都高湾岸線経由で行けば、3時間以上掛かるのではないだろうか。
-北風小僧の寒太郎-
きたかぜこぞうの寒太郎(かんたろう)
今年も町までやってきた
ヒューン ヒューン ヒュルルンルンルンルン
冬でござんす ヒュルルルルルルン ♪~
アクアライン唯一のPAである『海ほたる』から見る東京湾。
展望台で聴く風の音はヒューヒューと鳴り響き、頬に刺さってくるようである。寒太郎の詩のような「ヒュルルルルルルン」なんて情緒あるものではなかったのだが、この冷たい風が創る澄んだキャンバスには、富士山とその傍らに沈む夕日が描かれていた。


アクアラインだけなら前後あわせても30km程度であり、川崎付近からならアクアライン経由で1時間も走れば、もう南房総である。首都高湾岸線経由で行けば、3時間以上掛かるのではないだろうか。
-北風小僧の寒太郎-
きたかぜこぞうの寒太郎(かんたろう)
今年も町までやってきた
ヒューン ヒューン ヒュルルンルンルンルン
冬でござんす ヒュルルルルルルン ♪~
アクアライン唯一のPAである『海ほたる』から見る東京湾。
展望台で聴く風の音はヒューヒューと鳴り響き、頬に刺さってくるようである。寒太郎の詩のような「ヒュルルルルルルン」なんて情緒あるものではなかったのだが、この冷たい風が創る澄んだキャンバスには、富士山とその傍らに沈む夕日が描かれていた。


まだ冷え込みの厳しい東京を脱出し、一足早い春をもとめて南房総へ。
しかしながら、2/16の海自イージス艦「あたご」と漁船清徳丸の衝突事故からまだ日も経たず、捜索や原因究明も続けられている。ささやかな旅ではあるが、手放しで楽しめるものではなかった。
行方不明の方のご無事を祈るばかりである。
▼館山のフラワーパーク 咲き乱れるポピー

撮影会だろうか。本格的な機材を抱えたカメラマンの団体。


しかしながら、2/16の海自イージス艦「あたご」と漁船清徳丸の衝突事故からまだ日も経たず、捜索や原因究明も続けられている。ささやかな旅ではあるが、手放しで楽しめるものではなかった。
行方不明の方のご無事を祈るばかりである。
▼館山のフラワーパーク 咲き乱れるポピー

撮影会だろうか。本格的な機材を抱えたカメラマンの団体。


過密都市
すごい勢いでビルやショッピングモール、高層マンションが建設されている江東区豊洲エリア。
隣接する東雲(しののめ)エリアの、三菱製鋼工場跡地の再開発プロジェクト「東雲キャナルコート」の建設ラッシュだって、つい最近のこと。このキャナルコートだけでも、計画人口 15,000人(6,000戸)である。
そして今度は、IHI (旧称:石川島播磨重工)の造船ドック跡地の再開発が進められている。IHIがドックを閉鎖したのは、晴海通りが有明まで延伸されることで架けられる橋のため、ドックへ入渠する船舶航行ができなくなるためだったそうだ。
豊洲2丁目のこの造船ドック跡には、オープン済みの「ららぽーと豊洲」のほか、52階建ての高層マンション「アーバンドック パークシテイ豊洲」ができ、来春に入居開始の予定。
この急激な人口増加に対して、公共インフラの整備が全く追いついていない様子。学校や病院が不足しているほか、郵便局や銀行は慢性的に混雑し、駅施設なども利用者の増加に対応しきれていないのだ。 住宅街としてもオフィス街としても過密であるので、出退勤時間帯の駅施設は乗降客で溢れかえって完全に飽和状態。そんなところに、「キッザニア」などに開店前から並ぶためなのだろうけど、ベビーカーや小さい子供連れの家族もやってくるものだから、通勤時間帯は商圏目当ての客層と通勤客層が重なってしまって、もうパニック状態である。せめて、ららぽーと側にも改札口ができれば動線が分散するのだろうが、現在の一カ所だけの改札では無理がある。
52階建てと32階建てのパークシティ豊洲(3棟あわせて1,482戸)や、43階建て「THE TOYOSU TOWER」(825 戸)の入居はこれからだし、駅周辺や東雲付近のオフィスビルも増加の一方。 それにしたって、世代も所得も家族構成も似たような世帯が集まるのだろうか ら、この豊洲エリアの年齢分布は極端に偏ったものになりそうだ。 子供たちは、一斉に小・中学校にあがって、一斉に卒業して、一斉に成人して。。。。。。人口が集中している世代と、空洞になる世代とに分かれてしまうの思うのだが。
街づくりはまだまだこれからなのだろうから、住み良い街に作り上げていって欲しいものである。
▼豊洲駅周辺。通りのつき当たりに見えるのが、東雲キャナルコート

▼(左から)
アーバンドック パークシテイ豊洲 B棟 地上32階/地下1階
アーバンドック パークシテイ豊洲 A棟 地上52階/地下1階
豊洲ONビル(日本ユニシス本社) 地上30階/地下3階
TXビル(IHI本社) 地上25階/地下2階

▼豊洲駅真上の「豊洲センタービル」、「同アネックス」
すごい勢いでビルやショッピングモール、高層マンションが建設されている江東区豊洲エリア。
隣接する東雲(しののめ)エリアの、三菱製鋼工場跡地の再開発プロジェクト「東雲キャナルコート」の建設ラッシュだって、つい最近のこと。このキャナルコートだけでも、計画人口 15,000人(6,000戸)である。
そして今度は、IHI (旧称:石川島播磨重工)の造船ドック跡地の再開発が進められている。IHIがドックを閉鎖したのは、晴海通りが有明まで延伸されることで架けられる橋のため、ドックへ入渠する船舶航行ができなくなるためだったそうだ。
豊洲2丁目のこの造船ドック跡には、オープン済みの「ららぽーと豊洲」のほか、52階建ての高層マンション「アーバンドック パークシテイ豊洲」ができ、来春に入居開始の予定。
この急激な人口増加に対して、公共インフラの整備が全く追いついていない様子。学校や病院が不足しているほか、郵便局や銀行は慢性的に混雑し、駅施設なども利用者の増加に対応しきれていないのだ。 住宅街としてもオフィス街としても過密であるので、出退勤時間帯の駅施設は乗降客で溢れかえって完全に飽和状態。そんなところに、「キッザニア」などに開店前から並ぶためなのだろうけど、ベビーカーや小さい子供連れの家族もやってくるものだから、通勤時間帯は商圏目当ての客層と通勤客層が重なってしまって、もうパニック状態である。せめて、ららぽーと側にも改札口ができれば動線が分散するのだろうが、現在の一カ所だけの改札では無理がある。
52階建てと32階建てのパークシティ豊洲(3棟あわせて1,482戸)や、43階建て「THE TOYOSU TOWER」(825 戸)の入居はこれからだし、駅周辺や東雲付近のオフィスビルも増加の一方。 それにしたって、世代も所得も家族構成も似たような世帯が集まるのだろうか ら、この豊洲エリアの年齢分布は極端に偏ったものになりそうだ。 子供たちは、一斉に小・中学校にあがって、一斉に卒業して、一斉に成人して。。。。。。人口が集中している世代と、空洞になる世代とに分かれてしまうの思うのだが。
街づくりはまだまだこれからなのだろうから、住み良い街に作り上げていって欲しいものである。
▼豊洲駅周辺。通りのつき当たりに見えるのが、東雲キャナルコート

▼(左から)
アーバンドック パークシテイ豊洲 B棟 地上32階/地下1階
アーバンドック パークシテイ豊洲 A棟 地上52階/地下1階
豊洲ONビル(日本ユニシス本社) 地上30階/地下3階
TXビル(IHI本社) 地上25階/地下2階

▼豊洲駅真上の「豊洲センタービル」、「同アネックス」

永代通り沿いの旧JTBビル跡にたった「OAZO(オアゾ)」、そして社会現象ともなった「新丸ビル」「丸ビル」、はては東京中央郵便局も取り壊して高層化されるのだそうだ。 超一等地であり、経済効率からいえば高層化も理解できるのだが。。。。古い建造物は次の時代へ残す方法はないものなのか。
この丸の内一帯の再開発と共に、JR東京駅駅舎の復元も計画されているようだ。
(オリジナルの駅舎は、屋根形状がインドのタージ・マハル廟のような丸いドーム。 戦災後の復旧の際、より簡素な現在の形状となった)
この東京駅周辺の再開発計画を総称して、「東京ステーションシティ」というらしいのだが。。。。乱立する高層ビルに見下ろされる赤レンガの東京駅駅舎には、なんだか郷愁の想いを感じるのである。
※今回のphotoは、色あせた写真風にレタッチしてある。
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この丸の内一帯の再開発と共に、JR東京駅駅舎の復元も計画されているようだ。
(オリジナルの駅舎は、屋根形状がインドのタージ・マハル廟のような丸いドーム。 戦災後の復旧の際、より簡素な現在の形状となった)
この東京駅周辺の再開発計画を総称して、「東京ステーションシティ」というらしいのだが。。。。乱立する高層ビルに見下ろされる赤レンガの東京駅駅舎には、なんだか郷愁の想いを感じるのである。
※今回のphotoは、色あせた写真風にレタッチしてある。
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もう10年ほども前になるが、このボクも一応”丸の内ビジネスマン”のはしくれであって、丸の内オフィスに勤務していた時期があった。 当時の丸の内は昔ながらのオフィス街。
路面店は銀行ばかり、週末は閑散としていて昼間でもヒトケなし。 休日出社の多かったボクは、停め放題の路上パーキングメーターを活用しまくっていたもの
だ。 丸ビルも新丸ビルも建て替える前で、頭をぶつけそうなほど低い天井の地下商店街は、通る人もまばらな、薄暗いシャッター商店街となっていた。 各店
舗は数坪程度の広さで、それでもテナンが入っていればよい方だった。
それが今は。。。。ここ数年の目覚しい再開発は、大地主である三菱地所が中心となっておこなわれている。
アスファルト舗装は石畳となり、街路樹が植えられ、歩道もひろくなった。 銀行の路面店跡にはアパレルブランドをはじめとして様々なショップが立ち並び、さながらNYCの五番街のようでもある。
▼丸の内仲通り

▼丸ビル横の移動cafe (ちょっとレタッチしてみた)

▼丸ビルもXmasデコである

▼この車は何ていうのだろう?

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それが今は。。。。ここ数年の目覚しい再開発は、大地主である三菱地所が中心となっておこなわれている。
アスファルト舗装は石畳となり、街路樹が植えられ、歩道もひろくなった。 銀行の路面店跡にはアパレルブランドをはじめとして様々なショップが立ち並び、さながらNYCの五番街のようでもある。
▼丸の内仲通り

▼丸ビル横の移動cafe (ちょっとレタッチしてみた)

▼丸ビルもXmasデコである

▼この車は何ていうのだろう?

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